COLUMN
学びを、次の仕事とキャリアに接続する
監修:株式会社キャリアバランス

リスキリングは、研修を受けること自体が目的ではありません。新しい知識やスキルを学んだ後に、本人がどの仕事で試し、どんな役割を広げ、次のキャリア形成につなげるのか。ここまで設計して初めて、企業のキャリア開発施策として機能します。
- リスキリングをキャリア自律につなげるとは
- 学習テーマを本人の強み・希望・組織期待と結びつけ、1on1やキャリア面談で次の経験へ接続することです。受講履歴を増やすだけではなく、行動変化と役割の再設計まで扱います。
なぜ「やりっぱなし」になるのか
よくあるのは、リスキリング施策が研修部門の施策として完結し、現場の仕事や上司との対話に戻らないケースです。本人は学んでも、上司が活用場面を知らない。人事は受講率を追っているが、配置や育成にはつながっていない。こうなると、リスキリングは本人のキャリア不安をむしろ強めることがあります。
リスキリングとキャリア開発は分けすぎない
リスキリングは「新しいスキルを学ぶこと」と説明されることが多いですが、企業の人材育成として考えるなら、キャリア開発と切り離さない方が自然です。本人にとっては、何を学ぶかよりも「その学びが今後の働き方や役割にどうつながるのか」が重要だからです。
たとえばデジタルツールの研修を受けても、本人の業務で試す機会がなければ行動は変わりません。逆に、本人の強みや興味、組織から期待されている役割が整理されていれば、学びは次の仕事への挑戦につながります。この意味で、リスキリングはキャリア形成の一部として設計する方が効果的です。
公的資料から見るリスキリングの位置づけ
厚生労働省の「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」では、変化の時代において、労働者の自律的・主体的・継続的な学び直しと、労使の協働が重要であると整理されています。つまり、リスキリングは「会社が研修を用意し、従業員が受ける」だけの施策ではありません。本人が学ぶ意味を理解し、職場側も学びを生かせる業務・時間・対話を整える必要があります。※1
経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」でも、社員が将来を見据えて自律的にキャリアを形成できるよう、リスキル・学び直しを積極的に支援すること、また組織として不足しているスキルや専門性を特定し、その意義を丁寧にコミュニケーションすることが示されています。ここから考えると、リスキリング施策で最初に決めるべきなのは研修名ではなく、「自社のどの戦略課題に必要な学びか」「本人にとってどんなキャリア上の意味があるか」です。※2
そのため、リスキリングを設計する際は、事業側のスキルニーズ、人事側の育成計画、本人のキャリア希望を別々に扱わないことが大切です。たとえば、デジタル化を進めたい会社であれば、単にIT研修を受けてもらうのではなく、受講後にどの業務改善へ関わるのか、どの役割を広げるのか、上司がどのように支援するのかまで決めておきます。ここまで設計すると、学び直しは「受講履歴」ではなく、仕事とキャリアを動かす仕組みになります。
キャリア面談・1on1に接続する
学びを成果に変えるには、受講後に「何を学んだか」だけでなく、「どの経験で試すか」「何を手放すか」「誰の支援が必要か」を話す場が必要です。1on1研修やキャリア面談研修では、上司が本人の自己理解を促し、コーチングやフィードバックを通じて行動の一歩を決める面談スキルを扱います。
このとき、上司が「研修はどうだった?」と聞くだけでは足りません。本人が学んだ内容を、現在の業務、今後任せたい役割、本人が希望するキャリアの方向性と重ねる必要があります。たとえば「今回学んだ内容を、次の四半期でどの業務に使えそうか」「今の仕事で変えたい進め方は何か」「支援が必要な相手は誰か」といった問いがあると、受講後の行動が具体化します。
| 観点 | やりっぱなしの状態 | キャリア自律につながる状態 |
|---|---|---|
| 受講前 | 会社が指定した研修を受ける | 本人のWill・Can・Mustを整理して受講目的を持つ |
| 受講後 | アンケート回答で終わる | 上司との1on1で試す業務・役割を決める |
| 現場実践 | 学んだ内容を使う場がない | 小さな実践機会と振り返りを設計する |
| 人事施策 | 受講率だけを見る | 配置・育成・キャリア相談へ接続する |
研修前に設計しておくこと
リスキリングは、研修後のフォローだけでなく、研修前の設計で成否が大きく変わります。受講対象者に「なぜこのテーマを学ぶのか」が伝わっていないと、学習は受け身になります。人事側は、対象者の現在地、今後必要になる役割、本人が感じているキャリア不安を把握したうえで、研修テーマを選ぶ必要があります。
特に中堅社員やベテラン社員の場合、「会社が新しいスキルを求めている」とだけ伝わると、これまでの経験を否定されたように受け取られることがあります。そこで、これまでの経験を生かしながら新しい役割へ広げる、というメッセージを添えることが重要です。リスキリングは過去の否定ではなく、経験を次の価値に変えるための支援として設計します。
| 研修前に確認すること | 見るポイント | 面談で扱う問い |
|---|---|---|
| 本人の現在地 | 強み、経験、今の役割で得ている学び | 今の仕事で生かせている力は何か |
| 組織の期待 | 今後求められる役割、事業上必要なスキル | 会社から期待されている役割をどう捉えているか |
| 本人の希望 | 興味、働き方、伸ばしたい力 | 今後どんな経験を増やしたいか |
| 現場で試す場 | 業務、プロジェクト、兼務、後輩支援 | 学んだことをどこで使えそうか |

アンラーンと自己理解を入れる
リスキリングでは、新しい知識を足すだけでなく、これまでの成功体験や仕事の進め方を見直す「アンラーン」も重要です。特に中堅・ベテラン層では、過去の役割で有効だった行動が、今後の役割では通用しないことがあります。自己理解を通じて強みを確認しつつ、手放す行動と伸ばす行動を分けると、学びが現実の行動に変わりやすくなります。
プロティアンキャリアやプランドハプンスタンスといったキャリア理論も、変化の大きい環境でキャリアを考えるヒントになります。ただし、用語を学ぶだけでは現場は変わりません。本人が自分の経験を振り返り、偶然の機会をどう生かすか、どの行動を変えるかまで対話できる状態にすることが大切です。
対象者別の設計
| 対象 | リスキリングの狙い | キャリア支援の観点 |
|---|---|---|
| 若手社員 | 基礎スキルと仕事理解を広げる | 成長実感、職場適応、離職防止につなげる |
| 中堅社員 | 専門性の更新、新しい役割への挑戦 | 自己理解、役割再設計、キャリア面談につなげる |
| 管理職候補 | マネジメント・コミュニケーションの強化 | 管理職候補としての不安を扱い、経験機会を作る |
| ベテラン層 | 経験の再活用、アンラーン、後進育成 | シニア支援、ナレッジ継承、モチベーション維持につなげる |
管理職・人事の役割分担
リスキリングをキャリア自律につなげるには、本人だけでなく、管理職と人事の関わり方も変える必要があります。人事は研修テーマと制度を設計し、管理職は現場で試す機会を作る。本人は学びを自分の言葉で整理し、次の行動を選ぶ。この三者がつながると、学習が職場で生きやすくなります。
- 人事は、受講率ではなく「どの経験へ接続するか」を設計する。
- 管理職は、受講後の1on1で学びの活用場面を一緒に考える。
- 本人は、学んだ内容と自分のキャリアプランを結びつける。
- 必要に応じて、社内キャリア相談室や外部キャリアコンサルティングを使う。
管理職が忙しく、面談の時間を十分に取れない場合は、研修前後の問いをテンプレート化するだけでも効果があります。「学んだこと」「試したいこと」「上司に支援してほしいこと」を事前に整理してもらうと、短い面談でも話が具体的になります。
企業での進め方
- 対象者の課題を、キャリア開発・配置転換・管理職候補育成などの目的別に整理する。
- リスキリングの前に、自己理解とキャリアプランを扱う研修を入れる。
- 受講後に1on1・キャリア面談を行い、次に試す経験を決める。
- 必要に応じて社内キャリア相談室や社外キャリアコンサルティングを併用する。
- 一定期間後に振り返り、本人・上司・人事が次の支援を調整する。
効果を見る観点
リスキリング施策の効果は、受講者数や満足度だけでは判断しにくいものです。受講後に本人の行動が変わったか、上司との対話が増えたか、新しい業務に挑戦する機会が生まれたかまで見る必要があります。従業員満足度調査やエンゲージメント調査を行っている企業であれば、キャリアの見通し、成長実感、上司の支援に関する項目と合わせて確認すると、施策の改善点が見えやすくなります。
また、すぐに大きな成果を求めすぎると、本人も管理職も負担を感じます。最初は「学んだことを一つ現場で試す」「次の1on1で振り返る」といった小さなサイクルで十分です。その積み重ねが、キャリア自律と組織の学習文化を育てます。
JILPTの2026年調査では、キャリア関連施策の実施がキャリア自律の浸透に関係する一方で、経営者層・管理職層の意識や社風も影響することが示されています。また、既に施策を導入している企業でも、人材・予算・時間の不足、施策内容や利用方法の社内浸透不足、業績目標の優先などが障壁として挙げられています。リスキリングも同じで、研修を増やすだけではなく、経営・人事・管理職が「学びを仕事に戻す」共通理解を持つことが重要です。※3
やりっぱなし防止チェックリスト
施策を始める前に、以下の項目を確認しておくと、学びとキャリア支援が分断されにくくなります。
- 研修テーマと組織課題の関係が説明できる
- 受講対象者が、自分にとっての意味を理解できる
- 受講前に自己理解やキャリアプランを整理する時間がある
- 受講後に1on1またはキャリア面談を実施する流れがある
- 管理職が面談で使う問いを持っている
- 学んだことを試す業務や役割が用意されている
- 人事が定期的に振り返り、制度改善につなげる仕組みがある
相談窓口と組み合わせる意味
リスキリングは前向きな施策に見えますが、本人にとっては不安を伴うこともあります。「今のスキルでは足りないのか」「今後の仕事が変わるのか」「自分はどこへ向かえばよいのか」といった気持ちが生まれるためです。こうした不安は、上司に直接話しにくい場合もあります。
そのため、社内キャリア相談室や社外キャリアコンサルティングを併用すると、本人が中立的な立場の専門家に相談できます。研修と相談窓口をつなげることで、学び直しをプレッシャーにせず、キャリアサポートとして受け止めてもらいやすくなります。
リスキリングテーマの設計例
リスキリングのテーマは、流行しているスキルから選ぶよりも、自社の事業課題と従業員のキャリア課題の交差点から考える方が効果的です。たとえば、業務効率化が課題ならデジタル活用や業務改善、管理職候補育成が課題ならコミュニケーション研修やマネジメント研修、ベテラン層の活性化が課題ならアンラーンと経験継承を組み合わせます。
| 組織課題 | リスキリングテーマ | キャリア支援との接続 |
|---|---|---|
| 業務改善を進めたい | デジタル活用、業務プロセス改善、データ活用 | 本人の強みを生かせる改善テーマを1on1で決める |
| 管理職候補を増やしたい | マネジメント、コーチング、フィードバック | 管理職への不安をキャリア面談で扱う |
| 中堅層の停滞感を減らしたい | アンラーン、自己理解、役割再設計 | 次に担う役割やリスキリング後の経験を考える |
| 多様性推進を進めたい | DEI、対話、心理的安全性、ヒューマンスキル | 職場での関わり方や相談しやすい風土につなげる |
ケース別の進め方
若手社員向けのリスキリングでは、スキル習得よりも「自分の成長が見えているか」が重要です。学んだことを仕事で試す小さな機会を作り、上司が承認やフィードバックを行うことで、離職防止やエンゲージメント向上につながりやすくなります。
中堅社員向けでは、既存業務に慣れた状態から一歩広げる設計が必要です。本人の専門性や強みを確認したうえで、リスキリングを新しい役割やプロジェクトにつなげます。ベテラン社員向けでは、過去の経験を否定せず、経験の再活用や後進育成へ接続することがポイントです。
管理職向けでは、本人が学ぶだけでなく、部下のリスキリングを支援する立場になることも重要です。部下の学習をどう職場で試すか、どのようにフィードバックするか、業務目標とキャリア形成をどう両立させるかを扱うことで、組織全体の学習文化につながります。
学び続ける文化にするには
リスキリングを一過性の施策にしないためには、「学ぶ人だけが頑張る」構図を避ける必要があります。人事が制度を整え、管理職が試す機会を作り、本人が振り返る。その一連の流れがあると、学びは職場文化になっていきます。
また、学びを評価や昇進と急に結びつけすぎると、従業員は失敗しにくいテーマだけを選びがちです。最初は、試行錯誤を認める雰囲気を作ることが重要です。小さな実践、振り返り、次の挑戦というサイクルを回すことで、リスキリングはキャリア自律を支える仕組みになります。
よくある質問
Q. リスキリングがやりっぱなしになる原因は何ですか?
受講テーマと本人のキャリア、職場で試す経験、上司との対話が分断されているためです。学習後に何を変えるかをキャリア面談や1on1で扱う必要があります。
Q. アンラーンとは何ですか?
これまでの成功体験や前提を見直し、新しい環境に合う行動を選び直すことです。新しい知識を足すだけでなく、古い行動パターンを見直す視点が重要です。
Q. 管理職は何をすればよいですか?
受講内容を評価するのではなく、本人が何を学び、どの業務で試し、次にどんな支援が必要かを対話することです。1on1やキャリア面談の設計が効果を左右します。
Q. 研修後のフォローはどのくらい必要ですか?
最低でも、受講後に一度は上司との1on1やキャリア面談を設けることをおすすめします。可能であれば、1カ月後・3カ月後などに実践状況を振り返ると、学びが定着しやすくなります。
Q. ベテラン社員にもリスキリングは必要ですか?
必要になるケースがあります。ただし、新しい知識を一方的に求めるのではなく、これまでの経験をどう生かし直すか、何を手放すかを一緒に考える設計が重要です。




